チェス全日本選手権 昔のお話

皆さんこんにちは。先日、全日本選手権のシード選手が発表されました。
各地でも地区予選が始まり、シードをめぐる戦いが本格化してきています。
さて、先日実家で、家の中の整理をしていた時、昔懐かしの書類が出てきたので、これをネタに記事を書こうと思います。
ジャーン。自分が全日本ジュニア選手権を勝って、全日本選手権のシードを獲得した時のJCA(かつての日本チェス協会)からきた通知です。1989年とありますから、36年前の全日本選手権ですね。自分はこんな書類取ってた覚えはないんですが、よく親は保管していましたよね…。
スケジュール表です。当時は7日間、13ラウンドもやっていたんです。ただ参加人数は50人前後だったと思います。上位陣がほとんど直接対決できるんだ!と故松本会長が自慢していたと記憶しています。会場が前半チェスセンターとなっていますが、渋谷だったか池上だったかの記憶がありません。ジュニア選手権は確か渋谷でやったような気がするんですよね。どちらにせよぎゅーぎゅーな感じで対局していたと思われます。後半のモービル石油はどなたかのご縁で会議室を使わせていただいていました。
タイムコントロールも今と違い、持ち時間は2時間、40手で30分追加がありますが、1手ごとのインクリメントはなしなので2時間半で差し切りというルールだったんですね。
ただ、スケジュール表を見ると対局時間は4時間しかなかったので、封じ手が連発してましたねー。当時はペアリングは全て手作業だったので、ペアリングもおかしくなることが多く、上位陣の選手の中にはクレームをして熱くなる選手も結構いた…かもしれないです。
あと最後の1行、そう、対局時計は自分で持ってこないといけなくて、時計がない人は200円を払って使わせてもらうという、今から考えるとかなりアレな運営でした。
そして、これも批判が多かった「段位制度」。段位をもらえるだけならいいんですが、相応の段位がないと出場させてもらえないという制度でした。さらに日本代表として世界大会に出るためには4段以上の段位を取らないといけないという…。レイティング1400で初段、1600で二段、1800で三段だったかなあ。自分は最終的には三段だったのですが、一段上がるごとに15,500円の昇段料、10,000円の免許状料を払うとありますね。当時は子供だったんで、なんか段位があって嬉しかった記憶がありますが、親もずいぶん高いと思っていたんでしょう(苦笑)。
参加選手一覧です、なぜか2枚目がないのですが、当時のトップはこういう面々でした。今でもシニアでご一緒する選手も数人いらっしゃいますね。最近殿堂入りされたピノー・ジャックさんも選手として参加されていました。
なんだかすごく懐かしくて、記事にしてしまいましたが、自分にとってはいい思い出で、あまりチェス協会がどうだったとか、ディスる気はありません。ただ、この時代と比較すると、今の日本のチェス大会の環境は天国のようで、そのことに異議を唱える方はいないのでは?と思います。
今年の全日本選手権もビリでしたが、シード権を取れたので、おそらく参加すると思います。昔は昔、今は今でチェスを楽しみたいです。
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